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「オルガン」7号の感想 俳句雑誌「オルガン」7号(2016.11.06)を読みました。 この号の特集は、浅沼璞さんと「オルガン」所属の5名の方々による連句でした。 連句は芭蕉一門によるものを少し読んだり、俳句仲間と自分少しやったことがある 程度ですが、この「オルガン」の面々の連句は、とてもこの面々らしいうえに、 イメージ豊かかつワンダーに富んで、とても魅力的なものだと思いました。 第一連は飛躍が少ないといえば少ない気もしますが、誰のどの句も美しいです。 自由律で進む第三連は誰の句にも痺れました。 第五連の田島さん→鴇田さん→佳世乃さんの流れがいちばん好きでした。 個人的には、このメンバーでの歌仙を見てみたいです。「オン座六句」という形式は 有意義だと思いましたが、どの連でやめてもいいという前提があることと、連と連は つながっているとは言っても、「第一連」「第二連」と書かれるとどうしても連ごと に途切れて見えるので、ダイナミクスとカオス具合と形式から得られる葛藤とが歌仙 に比べると小さく感じました(その分読みやすさがある気もする)。 (あくまで個人の好みですが、「オン座六句」という形式名は好きではありません。 「氷の座」「石の座」「ロックの座」はまだあってもいいとは思いますが、「雑」 であることの豊かさをわざわざ狭めているような気もして、だとするとそれは洒落と しては機能していない気もします。ネーミングにしても、連句を巻く/読むことに対 しての、サービス精神を感じすぎてしまうのかもしれない。) 俳句作品は、特に好きだったものを引用します。  きばなこすもす回線のうつろふ目 鴇田智哉  ぱきぱきと木の幹に目のあたる秋 同 「目」が眼球そのものでなく、視線や、ビジョンや、視線やビジョンを生む主体とし て感じられる(と同時に眼球そのものとしても感じられる)ように読めるのが楽しか ったです。  樺太へ兄を探しにいくのか強くない台風である君も 福田若之 若之さんは自由律俳句にあるパッションを持った句を作る方向に韻律上もなっていく だろうな、と思っていたのですが、この号はそういう句が目立つ印象を受けました。 (田島さんの句の影響も感じられました。)上記の句は8888の32音。自由律ではない、 一つの立った「一句」だと思いました。 茸から糸出て南部鉄瓶か 生駒大祐 扉かと鏡かと萩散り続く 同 生駒さんの、全てを描いて(書いて)しまわないことの技術がものすごく高いことを 改めて痛感しました。自分には怖くてこの書き方はできないと思いました(俳句の基 礎技術だよ、と言われそうな気もしますが)。二句ともその技術のうえで、鉄瓶の質 感と湿り気、扉の表面の鏡になっている部分の輝きとそれにも映っている土の上の萩 の小ささを濃厚に味わえました。 back to TOP