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秋田(1)  車の中の後部座席に座り長い時間が過ぎて、そろそろ頭がぼんやりし始めてきた頃に、 走っている道路の遠く向こうの方に二つの人の形が見えた。あれだ、と誰かが声をあげ た。こんな遠くからでもあまりにも大きな像であることがはっきりと分かるのは、十何 年も前に見た、もうあれしかなかった。  車中のみんなは携帯電話を構えて、近づいてくる巨大ななまはげを写真に撮っている。 自分以外の全員がスマートフォンで、写真を撮るのは楽で楽しそうに見える。車はなま はげの真横まで到達して、すぐにゆっくりとなまはげを背にして離れていく。  かおるさんが撮った写真を見せてくれた。車が通り過ぎたほんの少しあとに捉えられ たなまはげの姿だった。車が通ってきた道の、遠くの向こうの方を向くなまはげと、隣 でやはり同じように向こうを向くもう一体のなまはげ。背中を見せるなまはげをじっと 見るのは、あまり無かったことで不思議な気持ちになった。                     *  男鹿半島の先端にある岬を目指す道は、細く上下左右にうねっている。カーナビを見 ているといよいよ車は岬に近づいている、と思えたが、木が茂って田んぼが両側に並ぶ あたりを抜けて、むしろ家や建物は増えてきている印象だった。海に面した本州の一部 分のいちばん端と考えると僻地のように思えたけれど、車が走ってきた道のりは一時間 も経ったか経たないかという程度で、出発したときにいたところは建物が並び人が歩く 街で、遠いところまでやってきたという感覚はあまり無かった。その日の朝に新幹線で 秋田まで来るときに一睡もせず車窓からの景色をずっと眺めていたけれど、そのことを 思い出しても、なぜか遠くまで行ったという感じがしなかった。  小さい頃に親に連れられていろいろなところへ行ったが、東北地方は、とりわけ多く 連れて行かれた土地のように思える。実際にはそんなに頻繁に旅行をしていたわけでは ないと思うが、スキーや海や湖や山で遊んだときも含めた、両親が撮った写真のアルバ ムで何度も見た風景は東北のものが多かった気がする。  なまはげが立っている道沿いにあった本屋のことを覚えていた。言い換えれば、小さ い頃に秋田を旅行したときの記憶で、明確に覚えているものが、その BOOKSなまはげと いう店のことだけだった。その店の前を車で通り過ぎるとき、十数年の間この本屋がそ こに在り続けたことをうれしいことに思った。                     *  入道崎は、日本海と呼ばれている海の水平線を望む広い草地だった。天気は不安定だ ったけど晴れて太陽が顔を出していた。空一面に広がった雲の合間から射す光が、遠く の水平線のあたりの、小さく波打つ海の表面を白く照らしていた。  塩気の少し含まれる強くてぬるい風が吹いていて、顔の表面がべたつくような気がし た。けれども耐えられないほど暑くも湿気てもいなかった。遠くに黒と白のストライプ に塗られた大きな灯台が立っている。  灯台の手前に、石のオブジェみたいなものがある。一つは大きくて細い柱で、その手 前には日時計を思わせる三角の板が見える。あたりを見渡すと、それよりは小さな柱の ようなものが、三つ四つと距離を置いて並んでいる。  歩いて日時計と大きな柱に近づくと石碑があって、北緯40度の線であることが記され ていた。大きな柱には細く一直線に切込まれた隙間があって、振り返って遠くに並ぶ小 さな石の柱たちを見ると、それら全てに同じように細く切込みが入れられている。この 仮想の直線の上にいる感覚は、うっすらとだけど、何か記憶にあるような気がした。  記念写真を撮るからそこに並ぶように、と関口くんが促した。40度線の脇の草原の上 に、修学旅行で行く場所によくあるような、集合写真をとるための木製の踏台のような ものが置いてあるのだ。  三列に並んでいたので、いちばん前の台に座った。今までの人生を通じて常に集団の なかで相対的に背が低かったので、前に座るのに慣れているのだ。かおるさんが真ん中 に、ミッチーがいちばん後ろの台に立った。みんなで縦に並んで海のほうを向いて、髪 を強い風になびかせて神妙な表情の写真を撮った。ミッチーが40度線上に立つ姿を石柱 の隙間からかおるさんが撮った。海を背景に横を向く写真も撮った。そのどれも髪が風 になびいていたように思う。                     *  その流れのまま、入道崎から今までと別の道を引き返すように車でしばらく走って、 木で組まれたアスレチックの遊具みたいなところに着いた。八望台という名前だった。 これも何だか見たことがあるような気がした。車を降りて、人気の全くない売店の建物 を横目に通り過ぎながら木製のアスレチックに足を踏み入れると、いよいよ、ここには 前に来たことがある、と思った。  八望台という名前は、「高松宮殿下が命名」したと案内板に書いてある。高松宮とい う名前は競馬を観ているととても馴染み深い気がする名前のように感じる。  八望台はそれほど高くないつくりだが、途中に踊り場のようなものがあって、そこで みんな写真を撮っている。下は草や木がたくさん生い茂っていて、高くないとはいえ低 くも浅くもないように見えた。スマートフォンの際を指先で持って写真を撮る人を見る と、すべらせて落っことさないかな、とはらはらしてしまう。  遠くを見渡すと、小さな湾とその中の防波堤や船、浜辺に立ち並ぶ家々が見える。天 気も雲が増えてきて光が薄くなり、少し景色がぼんやりしている。そして、そのぼんや りした景色の手前に、まん丸の緑色に澄んだ大きな水たまりが、緑色の高い木々に岸辺 までみっちりと囲まれて、とてもくっきりと見える。マールという名前で、とても大昔 からあるようだ。その大昔の火山活動のときの爆発でできたもののようで、今のこのあ たりの静けさからは、火山が激しくうなりをあげていた様子はとても想像できなかった。 吉田健一がネス湖のことを書いていたが、このマールの深いところにも大昔から、大き くはないけれど何か生物が静かに暮らしているのではないかと思った。 back to TOP